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名古屋地方裁判所 昭和60年(ワ)1329号 判決

原告

國方篤子

被告

高砂光男

主文

一  被告は、原告に対し、金三四八万三二五九円及びこれに対する昭和六〇年五月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金九五八万四四一九円及びこれに対する昭和六〇年五月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

昭和五六年一二月一五日午後二時五〇分ころ、愛知県東海市大田町川北新田一先産業道路上において、停車中の原告運転の普通乗用自動車に被告運転の普通貨物自動車が追突した(以下「本件事故」という。)。

2  責任原因

被告は、前方不注視の過失により本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条に基づき損害賠償責任を負う。

3  傷害及び治療経過

原告は、本件事故により頸椎挫傷の傷害を負い、昭和五六年一二月一七日から同五七年六月二四日まで中京病院に通院、同年同月一〇日から同五九年八月九日まで笠寺病院に通院し、同五七年一二月から同五九年二月まで整体協会高山道場、整美治療院等に通つて、それぞれ治療を受けた。

4  損害

(一) 治療費未払分

原告は、昭和五八年六月五日から同五九年二月二一日までの間、笠寺病院以外の治療機関に関する治療費(マッサージ代)として、合計二三万五七〇〇円を要した。

(二) 通院交通費未払分

原告は、昭和五八年六月一日から同五九年一月一九日までの間、笠寺病院等への通院交通費(タクシー代)として、合計一五六万八二七〇円を要した。

(三) 宿泊費

原告は、昭和五八年六月二九日から同年九月一日までの間、遠隔地通院の際の宿泊費として、合計二七万六〇五九円を要した。

(四) 証明書料

原告は、事故証明書料五三〇円、中京病院診断書料一〇〇〇円、笠寺病院診断書料二五〇〇円、合計四〇三〇円を要した。

(五) 休業損害

原告は、昭和五八年三月大学卒業予定で、就職も内定していたところ、本件事故のため長期間稼働不能となり、合計二〇〇万円の得べかりし収入を喪失した。

(六) 慰謝料

原告が本件事故により被つた精神的苦痛に対する慰謝料は、五〇〇万円が相当である。

(七) 弁護士費用

五〇万円が相当である。

よつて、原告は、被告に対し、以上合計九五八万四四一九円及びこれに対する事故後(訴状送達の日の翌日)である昭和六〇年五月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3のうち、中京病院及び笠寺病院の通院の事実(期間を含む。)及び整美治療院への昭和五八年七月四日までの通院の事実は認める。しかし、笠寺病院での昭和五九年一月一日以降の治療、整美治療院での同五八年七月五日以降の治療、中京病院以外のその他の治療機関での治療(マッサージ)については、本件事故との相当因果関係を争う。

4  同4について

(一) (一)のうち、一万八〇〇〇円(整美治療院に関する昭和五八年六月二八日から同年七月四日までの分)のみ認め、その余は否認する。

(二) (二)のうち、タクシー代は否認する。ただし、通院交通費として、笠寺病院への公共交通機関(名鉄で往復六〇〇円)による通院費九一回分合計五万四六〇〇円のみ認める。

(三) (三)は否認する。

(四) (四)ないし(七)はすべて否認する。

三  抗弁

1  被告は、原告の請求により、昭和五七年七月一日から同五八年五月三一日までの間の笠寺病院等への通院交通費(タクシー代)として、合計三八一万三二六〇円を支払つた。

2  しかし、原告は、昭和五七年七月一日以降、タクシーによる通院の必要性はなかつた(なお、同年六月末までについては必要性を認める。)のに、原告が笠寺病院に対して「被告がタクシーによる通院を認めている。」旨虚偽の事実を申告し、これを信じた担当医が作成した証明書(公共交通機関による通院が困難であることの証明書)に基づき、被告が右タクシー代を支払つたものである。

したがつて、前記三八一万三二六〇円から、公共交通機関(名鉄で往復六〇〇円)による通院費一七七回分合計一〇万六二〇〇円を控除した残額三七〇万七〇六〇円は、原告の損害のてん補にあてられたものとすべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は認める。

2  同2の事実は否認する。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)及び2(責任原因)の事実は、当事者間に争いがない。

二  請求原因3(傷害及び治療経過)について

1  原告が昭和五六年一二月一七日から同五七年六月二四日まで中京病院に、同年同月一〇日から同五九年八月九日まで笠寺病院に、同五七年一二月から同五八年七月四日まで整美治療院に、それぞれ通院した事実は、当事者間に争いがない。

2  成立に争いのない甲第一号証、第二号証、第四号証ないし第八号証、原本の存在並びに成立に争いのない甲第三九号証の一、二、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第三六号証、証人古川隆の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故により頸椎挫傷の傷害を負い、中京病院、笠寺病院における投薬治療等を受けたほか、昭和五九年二月ころまでの間に、整美治療院、整体協会高山道場、有慶治療院、フナミ治療院その他の治療機関におけるマッサージ治療等を受け、特に高山での治療後症状の改善が見られ、その後結局後遺障害を残さず治ゆするに至つたことが認められる。

このことからすると、被告が争つている笠寺病院での同年一月一日以降の治療、整美治療院での同五八年七月五日以降の治療、中京病院以外のその他の治療機関での治療(マッサージ)についても、必要、相当なものであつたと認めることができる。

なお、マッサージ治療に関し、右認定に反するかの如き証人吉沢孝夫の証言部分は、右のとおり治療効果のあつたことに照らすと、右認定を覆すに足りず、他に右認定を左右するに足りる証拠もない。

三  請求原因4(損害)について

1  治療費未払分

(一)  整美治療院に関する昭和五八年六月二八日から同年七月四日までの治療費一万八〇〇〇円については、当事者間に争いがない。

(二)  原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によりいずれも真正に成立したものと認められる甲第九号証の二〇、三八、四二、四七、五二、六二、七四、七九、八四、第一〇号証の二〇、二四、二九、四一、四四、五四、第一一号証の二三、二七、四四、五三、六八、八七、九〇、九二、第一二号証の三四、四四、五五、六六、六九、七三、八二、第一三号証の九、一二、二三、二九、三二、三五、四〇、四八、五七、六五、六七、七三、七五、七八、八六、第一四号証の八、一一、一五、一六、一八、二一、二三、第一五号証の五、九、一〇、第一六号証の三、五、七、第一七号証の三ないし五並びに原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和五八年六月五日から同五九年二月二一日までの間、前記有慶治療院、フナミ治療院等の治療機関に関する治療費(マッサージ代)として、原告主張(昭和六一年四月三〇日付準備書面)の合計二一万七七〇〇円((一)の一万八〇〇〇円を除く。)を要したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  通院交通費未払分

原告は、昭和五八年六月一日から同五九年一月一九日までの間の笠寺病院等への通院交通費(タクシー代)を本件事故による損害と主張する。

なるほど、右期間について、「当分の間、公共交通機関による通院は困難であると認めます」との笠寺病院医師吉沢孝夫の証明書が数通(最終のものは昭和五八年九月三日付)存在することは、甲第九号証の三、第一〇号証の六、第一一号証の三、第一二号証の二により認められるが、証人吉沢孝夫の証言によれば、同人は、真実はタクシーによる通院の必要性は認められないにもかかかわらず、いつも原告を乗せて来るタクシー運転手から、「保険会社の了解を得ている。手続上必要だから」と言われるままに右証明書を発行し続けたことが認められる

また、前掲甲第三九号証の一、二(笠寺病院における原告の診療録)により認められる治療内容及び本件事故からの経過期間等に照らしてみても、昭和五八年六月一日以降については、タクシーによる通院の必要性までは認めることができない。

なお、傷害による痛みが続く場合、公共交通機関ではなく、できる限りタクシーによる通院をさせてやりたいとの証人古川隆の証言は、娘を思う心情としては理解できないではないが、かといつて、これをすべて加害者に対して本件事故による損害として請求するには根拠が不十分である。

そして、笠寺病院への公共交通機関(名鉄で往復六〇〇円)による通院費九一回分合計五万四六〇〇円は、被告においても損害と認めるところであるが、これを超える通院交通費未払分については、認めるに足りる的確な証拠がない。

3  宿泊費

原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第九号証の八四、第一〇号証の五六、第一一号証の九三並びに原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、高山市にある治療機関で治療を受けるため、宿泊を余儀なくされ、宿泊費として合計二七万六〇五九円を要したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

4  証明書料

原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、事故証明書料五三〇円、中京病院診断書料一〇〇〇円、笠寺病院診断書料二五〇〇円、合計四〇三〇円を要したことが認められる。

5  休業損害

(一)  前掲甲第三六号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故当時大学三年に在学していたこと、昭和五八年三月に予定どおり大学を卒業したことが認められるので、在学期間中については、原則として休業損害は発生しない。

なお、原告は在学中からアルバイトをして月一〇万円の収入を得ていた旨、あるいは事務見習いとして月七万円の収入を得る予定であつた旨の甲第四〇号証ないし第四二号証及び第四四号証があるが、右各証拠は、本訴提起後三年半以上も経過した弁論終結直前ににわかに提出されたもので、しかも、原告の父古川隆が代表取締役をしている大丸工業株式会社又はその関連会社の証明にすぎず、信憑性が弱いこと、他方、原告は、被告に対し、本件事故後毎月のように損害の内訳を書いて賠償を請求していたが、そこには休業損害の請求がなかつたことは甲第九号証ないし第一八号証の各一により明らかであることを考慮すると、前記甲第四〇号証ないし第四二号証及び第四四号証のみでは、在学中の休業損害を認めるには足りず、他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。

(二)  次に、大学卒業後については、前掲甲第三六号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は就職する予定であつたことが認められるので、原則として休業損害は発生するところ、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第四三号証の一、第四三号証の二の一ないし一二及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故がなければ、昭和五八年四月以降、少なくとも同年度の大学新卒の女子労働者の賃金センサスによる平均賃金(年間二〇二万三四〇〇円)を得たであろうことが認められる。

そして、証人古川隆の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和五八年六月に結婚話が出たころは、症状が四〇パーセントぐらいは回復していたこと、同五九年五月に結婚したことが認められ、右事実に前記原告の傷害及び治療経過、証人吉沢孝夫の「昭和五八年一二月末ころには大体症状固定していた」との証言を併せ考えると、原告は、前記得べかりし収入について、昭和五八年四月から一二月までは六〇パーセント、同五九年一月から四月までは三〇パーセントを喪失したものと認めることができるので、次の計算式のとおり一一一万二八七〇円が損害となる(他に右認定を覆すに足りる証拠はない)。

2,023,400×(0.6×9/12+0.3×4/12)=1,112,870

なお、原告本人尋問の結果によれば、昭和五九年五月の結婚以降も傷害による苦痛が残存していたことが認められるが、この点は慰謝料で斟酌することとする。

6  慰謝料

前記認定の、本件事故態様、原告の傷害の内容、程度、治療経過等諸般の事情を考慮すると、本件事故により原告が被つた精神的苦痛に対する慰謝料は、一五〇万円が相当と認める。

7  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、本件事故と相当因果関係ある損害として賠償を求めうる弁護士費用は三〇万円と認められる。

8  合計

以上1ないし7を合計すると、三四八万三二五九円となる。

四  そこで、抗弁について判断する。

1  被告が原告の請求により、昭和五七年七月一日から同五八年五月三一日までの間の笠寺病院等への通院交通費(タクシー代)として、合計三八一万三二六〇円を支払つた事実は、当事者間に争いがない。

2  いずれも成立に争いのない乙第一号証ないし第一三号証によれば、昭和五七年六月三〇日以降同五八年五月までの間、笠寺病院医師吉沢孝夫により、原告について、「当分の間、公共交通機関による通院は困難であるものと認めます」との証明書が毎月のように発行されており、証人吉沢孝夫は、これらの証明書もまた、前記の同年六月以降の証明書と同様に真実の内容とは異なる旨証言している。

しかしながら、被告主張のように、原告が笠寺病院医師に対して、「被告がタクシーによる通院を認めている」との虚偽の事実を申告したことを認めるに足りる証拠はない。

かえつて、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一五号証及び弁論の全趣旨によれば、被告運転車両に付された任意保険の保険会社は、株式会社損害保険リサーチ名古屋支社の担当者をして笠寺病院医師と面談される等、原告について医療調査を行つており、右担当者は、昭和五七年一〇月二七日に、「タクシー通院の必要性は不明で、無い方が大です」との医師の意見を聴取し、同年一一月二日に右保険会社に報告していることが認められる。にもかかかわらず、右保険会社は同年六月末までのタクシーによる通院の必要性を認めた(この点は争いがない。)のみならず、これに続く同年七月一日以降同五八年五月末までの間、笠寺病院等へのタクシーによる通院費の支払を継続したのであるから、このことは、右五月末までの間に限つては、被告において支払義務を認めていた(しかし、六月以降は支払義務を認めず打切つた。)ものと解するのが自然、かつ合理的である。

したがつて、被告の抗弁は理由がない。

五  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、被告に対し、本件事故による損害賠償として、前記三四八万三二五九円及びこれに対する本件事故後である昭和六〇年五月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 芝田俊文)

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